大阪地方裁判所 平成8年(わ)4136号 判決 1997年6月18日
主文
被告人を懲役二年に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、普通乗用自動車を運転中、甲野春子(当時二〇歳)を認めるや、強いて同女を姦淫しようと企て、自車前部を同女運転の自転車後部に衝突させて同女をその場に転倒させた上、病院に連れて行くと偽って同女を自車後部座席に乗車させて、大阪府東大阪市池島町四丁目四七二番地の一付近路上に赴き、平成八年九月二七日午前四時三〇分ころから午前五時四〇分ころまでの間、同所に停車させた自車内において、手拳で同女の左顔面を二回殴打し、その衣服をはぎ取って全裸にし、同女の陰部に自己の手指を入れるなどの暴行を加えて、同女の反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女を妊娠させるのを不憫に思って、自己の意思によりその姦淫を中止したため、目的を遂げなかったものである。
(証 拠)
括弧内の漢数字は証拠等関係カード記載の検察官請求番号を示す。
一 第二回公判調書中の被告人の供述部分
一 被告人の検察官(三六)及び司法警察員(三通 三二ないし三四)に対する各供述調書
一 甲野春子の検察官(九)及び司法警察員(二通 二、三)に対する各供述調書
一 司法警察員作成の平成八年一一月二九日付け写真撮影報告書(一四)及び同年一二月七日付け捜査報告書(一九)
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法一七九条、一七七条前段に該当するところ、右は中止未遂であるから同法四三条ただし書、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。
(中止未遂を認定した理由)
検察官は、被告人が姦淫を中止したのは、被害者の「性病かもしれない。」との発言を信じたからであり、被告人は右犯行を任意に中止したのではない旨主張するが、関係各証拠によると、被告人は、被害者の右発言を聞いた後、姦淫にこそ及ばなかったものの、被害者が真に性病であれば感染が危惧されるようなわいせつ行為を繰り返し行っていること、また、本件犯行直後、被害者に対し後日自己と交際するよう要求した上、被害者がこれに応じる振りをするや自宅の電話番号を教えるなどして将来被害者と肉体関係を持つつもりであったことが認められる。これらの事実によると、被告人が、被害者を性病であると信じ、その感染を恐れて姦淫を中止したとみるのは困難であって、検察官の右主張は採用できない。
そこで、被害者を妊娠させることを可哀想に思い、姦淫することが怖くなって中止したとの被告人の弁解が信用できるかどうかについて検討するに、関係各証拠によれば、本件は、深夜、周囲に人家のない路上に駐車中の自動車内での犯行であり、被告人が姦淫に及ぶためにそのズボンを下ろそうとしたときには、被害者はすでに全裸であり、何ら抵抗もしていなかったことが認められ、客観的には、被告人が被害者を姦淫することは容易な状況にあったと考えられる。それにもかかわらず、被告人が姦淫に及ばなかったのは、何らかの主観的要因が作用したためであるとみざるを得ないが、関係各証拠を検討しても、他に被告人をして姦淫を中止しようとの気持ちを抱かせるような客観的事情は見当たらないことから、被告人が供述するとおりの事情が被告人に姦淫の中止を決意させたとみるほかない。そうすると、被告人は自己の意思により任意に犯行を中止したというべきであって、本件においては、弁護人の主張するとおり、中止未遂の成立を認めるのが相当である。
(量刑の理由)
本件は、普通乗用自動車を運転していた被告人が、強姦の目的で被害者運転の自転車に自車を衝突させて被害者を転倒させ、病院へ連れていくと偽って自車に同乗させた上強姦しようとしたが、被告人が任意に犯行を中止したため、姦淫は未遂に終わったという事案であるところ、いかに低速とはいえ自動車を被害者運転の自転車に衝突させる行為は、被害者の身体を重大な危険にさらす悪質極まりない行為であり、ましてそのような行為を強姦の手段にしようとした被告人の態度は強い非難に値する。また、被告人は、姦淫こそしなかったものの、被害者にとって耐え難いわいせつな行為に及んでおり、被害者に与えた精神的苦痛は相当大きかったものと容易に推認できる。さらに、被告人は、本件以外にも、同様の目的をもって自転車との衝突事故を数回引き起こしており、本件犯行には常習性も窺われる。以上の事情にかんがみれば、被告人の刑事責任はそれなりに重いと言わざるを得ない。
しかしながら、被告人は前記のように自己の意思により姦淫を中止している上、当公判廷においても反省の情を示していること、本件被害者に示談金として八〇万円を支払い、被害者からも被告人に寛大な処分を望む旨の嘆願書が提出されていること、本件以外の衝突事故の各被害者との間でも示談が成立するなどして全て解決を得ていること、被告人は本件犯行当時二三歳と若年であり、罰金以外の前科もないこと、婚約者が今後の監督を誓っており、勤務先も内定していることなど、被告人に有利に酌むべき事情もあるので、これらの事情を斟酌し、被告人には刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
よって、主文のとおり判断する。
(裁判長裁判官 島敏男 裁判官 齋藤正人 裁判官 渡部佳寿子)